一見すると
妙に牧歌的な行き先。
それまでどこへ向かっていたのかは分からない。でも今は全部「牛の中」だ。
本当の意味
まだうまく終われた状況が、突然悪い方向へ曲がり、そのまま加速する瞬間。
商談も、夕食も、半年かけて計画した旅行も、「手短に話します」で始まった会議も andare in vacca する。
そして何より、恋の駆け引きも簡単に台無しになる。
彼女は笑ってくれる。連絡もくれる。返信も早い。デートにも応じる。
あとは普通の人間として振る舞い続ければいい。
ところがそこで、本当の気持ちを説明する4分27秒のボイスメッセージを送る。
Tutto in vacca.
責任をめぐる微妙な違い
イタリア語では、この「牛」への入り方が二つある。
状況が andare in vacca する場合、誰の責任かは曖昧だ。事情、偶然、運命、水星逆行。
一方で誰かが mandare tutto in vacca することもある。つまり、自分で全部を台無しにする。
ここではもう運命のせいにはできない。
「すごく順調だったのに、君が元カノの話を40分した」。
君が全部台無しにした。
前者は責任をぼかし、後者は犯人を探す。
面白いことに、自分が語ると状況は自然に悪くなる。他人が語ると、たいてい悪くしたのは自分だ。
読み解く鍵
in vacca になるには、まず救える何かが必要だ。
最初からひどかったなら、途中で in vacca になったのではない。最初からそこにいた。
本物の tutto in vacca には決定的な瞬間がある。余計な一言、まずい冗談、求められていない告白、「正直に言っていい?」。
あとから振り返って、こう言える瞬間だ。
「ここだ。ここで黙っておけばよかった。」
