一見すると
ただの愚痴。何かがうまくいかなかった、それだけ。
電車に乗り遅れた時でも、失恋でも、自販機に1ユーロ飲まれた時でも使えます。悲劇の規模は問いません。
実際は
自分を哀れみながら、その自分を同時に笑う現代的な表現です。Mai una gioia は本気で同情を求めるより、失敗を先にネタにします。
説明はほとんど不要。日常の小さな悲劇の中心で、5秒だけ「宇宙は自分を狙っている」と確信する姿が完成します。
場面
お腹が空いた。コインを入れる。ポテトチップスを選ぶ。らせんが回る。袋が前へ出る。傾く。
そして止まる。自由まであと2センチ。
あなたは袋を見る。袋もあなたを見る。もう個人的な戦いです。機械を叩く。動かない。もう一度。動かない。
そこで言うのは「残念」ではありません。「Mai una gioia」。
人生が悲劇だからではなく、ポテトチップス一袋に負けたからです。
読み解き
昔の愚痴は同情を求めました。今の愚痴は共犯者を求めることがあります。Mai una gioia は不運をキャラクターにし、自己憐憫をオチにします。
「良いことなんて一つもない」と言いながら、その話をかなり楽しんでいる。SNS時代らしい矛盾です。
喜びはそのうち来るかもしれません。それまではエンゲージメントがあります。
